2016/12/5~12/8僕達は長崎にいました

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ども。代表山口晃です。

今、これを書いているのは

飛行機の中。

奥さん、ショーコの実家がある

長崎から東京への帰宅中です。

なぜ長崎に行っていたかというと

12/4の明け方、

ショーコの祖父が急逝した為です。

12/5~12/8までの間、

ご予約頂いていた沢山のお客様方には

予約変更のご協力をして頂いて

本当に感謝です。

ありがとうございました。

 

 

 

おじいちゃんは享年94歳でした。

 

僕が初めてお会いしたのは4年前。

 

 

優しい人という

印象しかないぐらい、

ものすごく優しい人でした。

 

 

いつも床屋には行かず

娘さん達がバリカンで

ボウズにしていた、おじいちゃん。
この時は僕がデザインを考えカットをさせてもらいました。

 

 

切り終わった後、

 

「やっぱボウズがよか」

と言われ、

バリカンで切り直したのも

僕とおじいちゃんの

懐かしいエピソードです。

 

 

ショーコの実家に帰る度、

「東京でショーコちゃんと

仲良く頑張らんね。

ショーコちゃんばよろしくね。」
って言ってくれてた

おじいちゃん。

 

 

義理孫の僕にも

とっても

優しくて

温かい人でした。

 

 

12/5早朝、羽田から長崎へ。

 

ショーコの妹さんが

迎えに来てくれて、

そのまま葬儀場に。

 

 

やっぱり見たら本当なんだ。

って実感しました。

 

ショーコがすごく心配していたのが

残されたおばあちゃんの事。

 

おじいちゃんとおばあちゃんは

本当に本当に仲良しで

仕事も畑で一緒

 

ゴハンも一緒

 

TVも一緒

 

お風呂も一緒

 

もちろん寝るのも一緒。

 

 

ショーコのお父さん曰く、

おばあちゃんは我が道を行く!と

いう人で、おじいちゃんは

身の回りの事とか色々、優しくして

くれていた人なんですって。

 

 

おばあちゃんからしたら

70年以上、当たり前に隣に居て、

なんでも一緒だった人が

居なくなった訳です。

 

去年結婚した

僕にはとてもじゃないけど

想像できないぐらい

悲しいでしょう。

 

 

今もし、

ショーコが急に居なくなったとしたら、

とても悲しいけれど、

おばあちゃんは70年以上。

 

 

きっと、

「ぽっかりと穴が…」

どころじゃないと思います。

 

 

言葉には出していなかったけど、

おじいちゃん、おばあちゃんの

子供達。

 

孫達。

 

親戚全員がそう感じて

いたと思います。

 

 

「ばあちゃんが泣いている所、

初めて見た」

 

ショーコが一言、こう言いました。

 

やっぱりとても悲しいんです。

 

だからみんなも悲しいけれど、

一番悲しい、おばあちゃんを

みんなで冗談を言いながら

励ましていました。

 

 

そしたらおばあちゃんは

悲しいけど、

笑ってくれた。

 

 

 

 

本当はみんな、悲しいけれど、

みんなが冗談を言って

おばあちゃんを

励ましている光景を見て、

僕は感動しました。

 

 

あったかいってこういう事

なんだなぁって。

 

 

 

 

杖をつきながら歩くおばあちゃんを見かねて、

おんぶをしながらおじいちゃんに

話しかけるショーコと

うしろから支えるおばさん。

 

 

お通夜が終わり、ショーコは

じいちゃんの変わりに、

おばあちゃんの隣で寝た。

 

 

翌朝、ショーコとばあちゃんを

見たら

おばあちゃんはショーコから

だいぶ離れて寝ていました。

 

きっとショーコの寝相が悪すぎ

たんだと思います。(笑)

 

 

告別式はおじいちゃんとみんなの

お別れの時。

 

立場的に普段みたいに冗談も

言えないし、

一緒に寝る事も出来ない僕は

自分にできる事をしました。

 

 

それはおばあちゃんを綺麗に

するコトです。

 

 

 

おばあちゃんを綺麗にすれば、

きっと

おじいちゃんはどこかで

見ていて、

「綺麗かね~」

って喜んでくれるに違いない。

 

そう思ったんです。

 

 

ドライヤーの熱があたたかいのか、

おばあちゃんは

「気持ちよか~」って、

目をつぶりながら

言ってくれました。

 

 

ブローが終わり、

ばあちゃんは僕に

「ようけしてくださって、パーマ屋さん、ありがとう」って

言ってくれました。

 

やっぱり美容師をやっていて

良かった。
今まで僕はおばあちゃんに名前を

覚えてもらってないんだけど、

(たくさん親戚がいるから)

 

「パーマ屋さん」

として覚えてもらえました。
とても嬉しい事です。

 

ショーコのお母さんにも頼まれて

セットをして

 

その後も、ショーコの妹さん。

 

おばさんをセットしました。

 

告別式が始まり

たくさんの人が来て

おじいちゃんとお別れをしました。

 

 

孫12人が祭壇の前に出て、

おじいちゃんに一言ずつ、

言葉を贈った。

 

 

僕よりも沢山の思い出がある、

みんなの一言は

本当に温かくて切なくて…

 

 

「おじいちゃん!

おばあちゃんが一番悲しんどるよ。

天国から温かくおばあちゃんを

ずっと見守ってね。

おじいちゃんの孫で世界一幸せだよ。

5人兄妹みんなそう思っとるよ。

大好きなおじいちゃん

今まで本当にありがとう。

ショーコでした。」

 

 

涙で声を詰まらせながら語る、

おじいちゃん子、おばあちゃん子の

ショーコの一言に僕も思わず涙が

こぼれました。

 

 

たくさんの人に

愛されていたおじいちゃん。

 

 

 

そんなおじいちゃんに

たくさん甘えて
ワガママを言ってきたけど

一番、愛していたおばあちゃん。

 

 

 

告別式も終わり、

火葬場でもおばあちゃんを

みんなで囲んで笑わした。

 

 

僕はこの時におばあちゃんが

ブラックコーヒーを飲んでいた事に

ビックリ!

 

 

 

おばあちゃん、おじいちゃんは

日本茶って勝手に思い込んでいた

からです。
カッコいいぜ!

おばあちゃん☆

 

 

その後、親戚みんなで、ゴハンを

食べました。

 

この時もそれぞれ、みんな、

おじいちゃんの思い出話で

盛り上がっていた。

 

 

変顔をして、爆笑する

おじいちゃん

おばあちゃんの愛娘達。

 

 

ショーコのお兄ちゃんファミリーと

福岡で美容師をしている

いとこのお姉ちゃん。

 

 

ショーコの妹ファミリー

 

 

家族って本当に良いもんです。
高校2年の時、

母子家庭になった

僕の家庭。

 

 

温かい家庭とは、

ほど遠い環境で育った僕からしたら

ショーコの家族は皆さん元気

いっぱいで、みんなが笑顔。

 

僕を温かく迎えてくれます。

 

 

 

 

 

これも

おじいちゃんとおばあちゃん、

お父さん、お母さん

が居なければ

みんな存在していないわけですし、

ショーコも、

もちろんいません。

 

 

上野に住んでいる

江戸っ子バリバリな

親父と4年前に

亡くなった母ちゃんが

いなければ

僕はいません。

 

 

 

今回の件で改めて

思った事を

伝えたいと思います。

 

 

 

 

 

年末年始で、実家に帰る人も

たくさんいると思いますが、

 

おじいちゃんや、おばあちゃん、

お父さんやお母さんに、

 

照れ臭いかもしれないけれど、

普段の何気ない日常の事や、

楽しい事、悲しい事でも、

なんでも良いからたくさん

お話して欲しいな

という事です。

 

 

 

 

母ちゃんに話したい事があっても、

 

僕はもう話せないんです。
話せる人は羨ましい。
ケンカできる人も羨ましい。

僕の心の中の母ちゃんは

元気いっぱいなのに

現実にはいない。

 

 

まだ元気な親がいる人は、本当に

お話して下さいね☆

 

 

あ。羽田空港の夜景が見えて来ました。

 

 

おじいちゃん

安らかに眠って下さい。

 

おばあちゃんはいつまでも元気に

100歳を越えて下さい。

 

 

そして隣におじいちゃんがいなくて
寂しいけれど、泣き顔より

笑顔で過ごして下さいね。

義理孫のパーマ屋と

ばあちゃん子のショーコは

東京から願っています。

 

 

 

 

明日、12/9から

僕とショーコはバリバリ

いつも以上に頑張ります!

 

皆様のご予約、お待ちしています!

 

ラストの写真は

おうちに帰ってきてから

おじいちゃんを笑わせる為に

お父さんとお母さんとショーコで

変顔した写真です

 

 

おじいちゃん、

笑ってくれたかな?
ではでは。

 

あ、

ハネムーンブログファイナル

もう少し
待っていて下さいね(^o^;)

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