株式会社Sol誕生と株式会社OTENTOSAMA

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さてさて、とってもお久しぶりの

代表 山口 晃です。

 

何故こんなにブログを書かなかったのか?

 

それは僕って男がバカ勇気はあるけれどクソ真面目な奴だからです。

 

見た目ではとてもじゃないけど、そうは見えないし、見られない事は自分でもよく理解しているつもりです。

 

久しぶりの今回のブログ、、写真を使いません。

沈黙を貫いてきた今までの事。

そして現在をありのまま

僕の文章だけで皆様にお伝えしようと思います。

長ったらしい文章になると思うのでイヤな人は読まないでください。

 

 

 

 

前回、書いた僕のブログは2月。

メキシコ、カンクンにある、カサ吉田という日本人宿のお話でした。

 

あれから僕はメキシコの家を契約し、カサ吉田を後にしました。

 

新しいメキシコでの家は新築のマンション。

しかもプール付き。

マンションの入り口には守衛さんもいる。

日本人の一般的な価値観で言ったら、とても素晴らしいマンション。

 

かろうじて文句を挙げるならバスタブが無い事。

1日のリセットタイムであったり、新しいヘアデザインや、今後のお店の事、今ある全てを更に向上させるには?を考える事が常である僕にとって無くてはならないバスタブ。

 

死活問題って言えば問題なんだけど。

 

新築?

プール?

守衛?

 

は?お前、どんだけ?

メキシコで何かを成し得たのかよ?って声が聞こえて来そうで。

最初はスタッフ達にもおいそれと言えなかった。

 

だって、あんなに綺麗なカリブ海。

あんなに綺麗なセノーテ。

とんでもなく愉快な音楽、そしてその辺のメキシコ人はその音楽で踊っている。

 

日本サイドから見た世界有数のリゾート地、メキシコ、カンクンはそんなイメージしか無いでしょう。

 

これは観光地ならではの事だと思う。

そして閉塞された日本人の感覚ならでは。

 

ごたぶんに漏れず、僕もそんな閉塞感を持った日本人でした。

 

昨年の12月に日本を出発し、1月、2月は先ほどのカサ吉田での生活。

そして新築マンションへの引越し。

 

この間にも出店場所、そして就労ビザの取得、メキシコでの会社設立の手続きを進めていた。

 

…が、それが思っていた通りには全然進まない。

 

海外だから仕方ない。って気持ちをどれだけ汲んでも進まない。

一歩進んだ!と思う日があっても、期待だけさせて2歩も3歩も戻る日々。

 

日本のTento-で頑張っているスタッフ達、応援してくれている美容師仲間達、お客さん達、友達、家族達。

 

そんな皆の顔が浮かびまくって、自分がとてつもなく、悪い事をしているのではないか?という気持ちになっていた。

意気揚々と日本を出たのは良いけれど、自分の中では万全と思っていたのは大間違いだったのではないか?という葛藤。

 

実際、全然進んでいないんだし、、

 

こんな想いから、「いい加減な事は書けない」ってなってしまった。

 

それでも一歩進んだ日には、日本のスタッフに報告して、やっぱりダメだった。。って事も、とてもイヤだったけど報告した。

 

なんだよ。アキラさん。

全然進んでないじゃないか。

綺麗なカリブ海で満喫してるんでしょ。

 

ボク達は大変なのに。。。

 

こんな 『声無き声』が勝手に僕に突き刺さっていた。

 

もちろん、実際にスタッフ達が僕にそんな事を言った事実はまったく無い。

 

僕とショーコが抜けたTento-を必死に頑張って繋いでくれていた。

 

けれども、僕の中の基準には達して無くて、店長に任命した岩崎ユウヤを店長から降ろした。

 

とても残念な決断だった。

 

僕と彼は、かれこれ10年以上、共に働いてきた間柄。

誰から見ても僕の一番弟子。

 

ただ、ただ、悔しかった。

 

僕に潤沢な資金力があれば、もっと長い目で、彼の成長を待っていられたのも事実。

 

悔しかった。 悔しかったけど、あのままだと、僕が思うTento-ではなくなってしまっていた。

 

僕が思うTento-は変化を常とする集団。

 

『誰かの為に常に良い変化しなければならない』

 

今まではこーだったから、、とか、そんなのはとんでもなく、しょーも無くて。

いつでも、いつまでも、すぐに動ける様なフラットな状態でいなければデザインなんて発想出来ない。

 

今まであった安全を崩し、再構築すれば良い。

つまり、破壊と創造。

 

それが出来なきゃTento-じゃない。

 

こんな考えが僕の根幹にある。

 

だから今までは今までな訳で、、僕が作って来たTento-である必要は全然無い。

 

良い部分は残せば良い、悪い部分は改善すれば良い。

責任という重みはあるけれど、それが自由。

失敗は沢山しろ。

それは代表の俺がどうにかする。

挑戦しないのが悪。

それがデザイナー、クリエイター。

それがTento-。

 

コレができたのが、現店長のKAORIだった。

 

 

僕からの任命を受けて、試行錯誤を繰り返すKAORI。

スタッフ間の中で、ある意味浮きまくっていた。

 

保守派VS改革派

 

僕に対してだって、とんでもなく生意気な事も言ってくる。何時間も何時間も日本、メキシコ間でLINE電話でのやり取り。

 

そんな状態が1ヶ月、2ヶ月と続いていた。

そして、、時間で言えばほんの刹那。

瞬間、保守派が改革派を飲みこんだ。

 

常に変化では無くなってしまった。

 

ヤバイ。このままでは、メキシコ出店どころではなくなる…

 

その頃、僕がいるメキシコ、カンクンではやっと、新しい進歩があった。

カナダへ修行に出していた中野大次郎が僕からの提案でメキシコへ来た。

人任せにしていた部分をすべて自分達で作ると躍起になって、もがきにもがいて進展があった。やっぱり自分で足を使った方が良い事もよーくわかった頃だった。

具体的には

専任の弁護士との契約。

メキシコ、カンクン店のテナントが決定。

テナント内部の図面決定。

新店舗で使う、シャンプー台購入の為に大次郎を連れてメキシコシティへ出張。(カンクンには売っていないから)

 

シャンプー台は東京のTento-と同じタカラベルモントのYUMEシャンプーをどうしても使いたかったから、出張滞在の3日間、全日程を使い、美容機材を扱うレッドメックス社に通い詰め、なんとか取り寄せ、購入に至った。つたないスペイン語と英語でゴリ押ししました。なんでもメキシコ全土でYUMEシャンは10台も無いらしい。

 

こんな感じで、カンクンは僕が居なくても、ショーコと大次郎で事を進んで行ける様に準備を整えた。

 

あとは日本のTento-を整えるだけ。

 

こうして僕は日本に戻ってきた。

 

7月17日。

 

Tento-の設立記念日。

 

今年で4周年を迎える事ができた。

 

2日前の7月15日に4周年パーティーを開催した。

帰国してから、すぐに全員でミーティングをしたけれど、なんだかモヤモヤが残る中でのパーティー。

 

それでも来てくれたお客さん、そして美容師仲間に対して、Tento-の根っこの部分の前向きな姿勢、そしてこれからを全員が出せたパーティーでした。

 

根っこ の 根っこは大丈夫。そう思えた。

 

それから、スタッフ1人1人とのコミュニケーションを取り、マイナスだった部分をプラマイ0の所まで持って行った。

 

やっと、、やっと、1人1人が「変化」出来る状態になり、プラスに歩み始めました。

 

 

こうなれば後は進むだけ。

俺が日本いるのは今年いっぱい。

 

 

全員が船長で全員が船員。

 

 

変化は怖い。んなこたわかってる。

 

それでも先に進んだ人にしか見えない景色がある。

 

なんせ、世界で初めての事をしたいと思っちゃっているのが俺の夢。

 

 

その時の事を考えるとたまらなくワクワクする。

 

 

日本を出発して、苦しんで、もがいて、なんとか進んで、進んだ足跡をまた戻る日があるかもしれない。

 

 

でもね、それも、これも一歩踏み出したからなんだ。

 

時を見ろ。

そして

先を見ろ。

 

 

株式会社 OTENTOSAMA (おてんとさま)

これがメキシコでの僕の会社の名前。

 

株式会社  Sol   (ソル)

本日、10月10日。

今日、日本でできた僕の会社の名前。

 

10月10日はテントーの日。

OTENTOSAMAも

Solも

 

意味はどちらも太陽。

 

1年前の僕は1年後にTento-を会社にするなんて思ってなかった。ましてやメキシコでの会社設立なんてもっと思ってなかった。

 

変化を恐れるな。

 

敵は自分。

 

覚悟と勇気。

 

 

太陽の様に周りの人をもっと照らせる様に

さらに燃えていきたいと思います。

 

 

株式会社 Sol

株式会社 OTENTOSAMA

代表取締役   山口  晃

 

 

 

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